まっとうな意見だと思います。

菅さんが浜岡を止めると言ったとき、とあるTVで解説者が、
「福島第一の事故が起こったことで、現行の安全基準は安全基準としては無効になった。あらたな安全基準を早急につくるべき」
と言っていましたが、そこはその通りだと思います。2段階の措置が云々はともかく。

現在の安全基準は、安全基準としての品質を満たしていない、無効なモノです。
これを有効なモノに書き換えないと行けない。



以下引用。
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http://www.jiji.com/jc/v?p=politician-interview_mabuchi_sumio-01&rel=y&g=phl


原発再稼働の政府統一見解は「間違い」
  -民主・馬淵澄夫前補佐官インタビュー-
【時事通信社】 
復興担当相新設に伴う一連の人事で原発事故担当の首相補佐官を退いた民主党の馬淵澄夫前国土交通相は2011年7月11日、時事通信のインタビューに応じ、原発再稼働の前提としてストレステスト(耐性評価)の実施を確認した政府の統一見解について「間違いだ」と指摘し、菅直人首相の一連の対応を「誤った政治主導」と批判した。主なやりとりは次の通り。



 -統一見解をどう評価するか。

 ストレステストをやれば安全が確認できるというのは違う。ストレステストとは想定外の事象を与えることでどのようなリスクが存在するかを明らかにするものだ。国民の安心、安全は(原発の)安全技術基準で決まる。安全基準を変えずにテストだけで安心感をを得ようというのがそもそも間違っている。
 テストは原発稼働の判断に用いる性格のものではない。順序として、安全基準の見直しとそれに基づく安全対策の実施をパラレルにやっていかなければだめだ。
 (私は)事故発生直後、すぐに事故調を立ち上げるべきだ政府に言った。細野豪志首相補佐官(現原発事故担当相)にも言った。しかし細野氏らは、事故調は事態収束の足かせになる可能性があると述べた。本来ならすぐ事故調を立ち上げて問題の本質を福島第1原発事故から見いだし、安全基準を組み立てる作業をしながら、基準の見直しをする必要があった。
 経済産業省原子力安全・保安院、原子力安全委員会、東電の意見では(国民に原発の安全性を)納得してもらえない。原発に関し、国際原子力機関(IAEA)をはじめとした国際社会の客観的な承認を得られるような安全基準を設けたのだと発信していくべきだ。
 安全基準ができるまで(原発を)全部止めるのかという議論になってくる。緊急対策宣言のような形で課題を整理し、今年冬の電力需給逼迫(ひっぱく)の中で暫定的にスタートを切りながら、暫定安全基準の策定とIAEAの評価を行う。本当の安全基準ができるのはしばらく先だ。(来年)夏の需給逼迫時に一定程度(供給力を)盛り返せるような2段階の措置が必要だろう。

-法に基づく安全基準の見直しを優先すべきだと。

 もちろんだ。この政府の課題は、法に基づいた責任と権限が非常にあいまいであることだ。法に基づいた責任と権限でこの国の役所も民間も動いている。それをそっちのけに、あれをやれ、これをやれと言うのは、政治主導でも何でもない。今は誤った政治主導をやっている。



コメント

シゲ
2011年7月20日15:00

たしかにその通りです。

ですが、

>(来年)夏の需給逼迫時に一定程度(供給力を)盛り返せるような2段階の措置が必要だろう。

という部分に関しては、原発依存逆戻りにならないか、少し心配です。まだまだ利権集団は生き残っているわけですから。

ただ、それでも、安全基準が厳しくなると(ゆるくなるわけがない)、建設コストがドカンと上がりますから(津波対策の防波堤の高さが上がるだけでも大変な事になりますし。当然「もし事故が起きた場合」の対策もキチンと講じなくてはならなくなります。今回は、そこも想定してなかったわけですから。)

原発のコストが上がれば、自然エネルギーとのコスト差が少なくなるので安全基準の見直しには賛成ですね。
でも、電気需要そのものはそうそう減らないと思いますので、天然ガスや石油を使うしかなく、そうなると、そういう化石燃料の値段も上がります。

となれば、またまた自然エネルギーとのコスト差が縮まる。

そう考えていくと、ほんとうに自然エネルギー活用の広がりを押さえつけていたのは原発だったんだなぁと改めて思いますねぇ。

これに発電・送電の独占という事と統括原価の問題が加わって、自然エネルギーはずっと「高いから」と隅に追いやられていたわけですしねぇ。

ただ、結局、やっぱり、「国のエネルギー政策」という意味では「核燃料サイクル」を停止するかどうかが、いちばんのキモでしょうね。そこを転換しない限りは、必ずどこかの省庁で矛盾が起きてくるような気がします。

まぁ、「米穀通帳」なんかも、有名無実なまま、けっこう長く残りましたから、「核燃料サイクル」も、そんな感じでフェードアウトさせていくのでしょうかねぇ。なんだかスッキリしない話です。

どん太
2011年7月21日4:37

シゲさん

>そう考えていくと、ほんとうに自然エネルギー活用の広がりを押さえつけていたのは原発だったんだなぁと改めて思いますねぇ。

おっしゃるとおりだと思います。

ところでこの馬淵さん、すでに権力中枢から排除された方です。

>という部分に関しては、原発依存逆戻りにならないか、少し心配です。

という心配より、彼のような意見をもつ人間が排除される現政権、というのを憂慮すべきかも。

しかし、延命のためとはいえ、脱原発を謳った菅氏にくらべ、
「原発稼働維持」をマニフェストにかかげた自民というのはなんとも。

「なにがよりましか」「何が何よりマシか」という判断をせざるを得ないのが、今の我々かも知れません。

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