飯舘村。有機や無農薬の生産者も多かったのですよ。
2011年4月25日 日常 コメント (1)さぞ痛恨だろうと思います。
ごく低農薬、できるだけ無農薬に近づけた生産農家さんが、原発事故での自分の土地の汚染を知った後、自殺した事件がありましたよね。
福島の心ある生産者さんにとっては、今回のことは本当に痛恨だと思います。
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飯舘村村長「必死につくりあげてきた村…悔しくてならない」
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/disaster/503754/
計画的避難区域に指定され、全村避難が求められる福島県飯舘村。
菅野典雄村長(64)は「必死につくり上げてきた村が崩れていく。悔しくてならない」と声を詰まらせた。
村幹部らはこの日朝、役場の災害対策本部で、計画的避難への対応を協議。村による住民への災害見舞金の通知に対して「金を払うから出て行けということなのか」と抗議の電話が相次いだことも報告された。
住民の間にも、政府への不信感が広がる。兼業農家の女性(60)は「避難と言われてもどこへ行けというのか。政府は、こんな小さな村が一つなくなっても、何とも思っていないように感じる」と怒りをあらわにした。
村は22日、放射性物質の影響でコメの作付け制限も決まった。例年なら早朝からトラクターのエンジン音が響く山あいの水田には一人の姿も見えない。(引用終わり)
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こちらは、NHK「あさイチ」4月28日木曜日の放送予定の紹介です。
番組は、午前8時15分からです。
東日本大震災 飯舘村 人々の選択
http://www.nhk.or.jp/asaichi/2011/04/28/01.html
福島第一原発から20キロ圏外にありながら全域が計画的避難区域の対象となった福島県飯舘村は、「自然と共存した村作り」を目指して、野菜や畜産など日本農業のモデル的地域となってきた自然豊かな土地。
実は私たちの食卓にも深く関わってきた地域です。
首都圏に無農薬野菜を供給するために広げてきた農地を捨てざるをえない野菜農家や、一頭数百万円の和牛を見捨てて立ち去る畜産農家など、長期避難を前提に動き出した村民たちの姿を追い、日本初の計画避難の実態と村の人々の苦悩、そして私たちの生活への根深い影響を見つめます。
(引用終わり)
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ほんとうに痛恨としかいいようがないです。
ところで、福島弁で、「ていねいに」というのを「までーに」といいます。
祖母がよく口にしていました。
飯舘村は、「までーらいふ」(丁寧な暮らし)をキャッチコピーに、
村全体で、自然を愛し、自然と共存するくらしをめざしてきたそうです。
また、浪江町は、DASH村があったところだそうですね。
そういうところをたぶん半世紀以上に渡って使えない土地にしたのが、
原発の失策、失態。
これは失態です。
事故とかいうのも、おこがましい。
たとえあの備えでも、冷却不全がわかってすぐに海水注入をしていれば、3機とも、爆発しないですんだんです。
海水を入れれば廃炉にせざるを得ない。
それを嫌って注水がなされなかった。
真水の到着を待ったそうな。(でも、陸路も海路も、はこびようがなかったのに。)
ゆえに爆発。
頭がおかしいとしか言いようがない。
爆発した炉をどう使うつもりだったのでしょう。
冷やさなければ壊れる。
壊れれば廃炉。
そんな簡単なことすら、理解できなかったのか?
そんなわけはない。
やはり、認識が初期において甘すぎたのです。
ごく低農薬、できるだけ無農薬に近づけた生産農家さんが、原発事故での自分の土地の汚染を知った後、自殺した事件がありましたよね。
福島の心ある生産者さんにとっては、今回のことは本当に痛恨だと思います。
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飯舘村村長「必死につくりあげてきた村…悔しくてならない」
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/disaster/503754/
計画的避難区域に指定され、全村避難が求められる福島県飯舘村。
菅野典雄村長(64)は「必死につくり上げてきた村が崩れていく。悔しくてならない」と声を詰まらせた。
村幹部らはこの日朝、役場の災害対策本部で、計画的避難への対応を協議。村による住民への災害見舞金の通知に対して「金を払うから出て行けということなのか」と抗議の電話が相次いだことも報告された。
住民の間にも、政府への不信感が広がる。兼業農家の女性(60)は「避難と言われてもどこへ行けというのか。政府は、こんな小さな村が一つなくなっても、何とも思っていないように感じる」と怒りをあらわにした。
村は22日、放射性物質の影響でコメの作付け制限も決まった。例年なら早朝からトラクターのエンジン音が響く山あいの水田には一人の姿も見えない。(引用終わり)
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こちらは、NHK「あさイチ」4月28日木曜日の放送予定の紹介です。
番組は、午前8時15分からです。
東日本大震災 飯舘村 人々の選択
http://www.nhk.or.jp/asaichi/2011/04/28/01.html
福島第一原発から20キロ圏外にありながら全域が計画的避難区域の対象となった福島県飯舘村は、「自然と共存した村作り」を目指して、野菜や畜産など日本農業のモデル的地域となってきた自然豊かな土地。
実は私たちの食卓にも深く関わってきた地域です。
首都圏に無農薬野菜を供給するために広げてきた農地を捨てざるをえない野菜農家や、一頭数百万円の和牛を見捨てて立ち去る畜産農家など、長期避難を前提に動き出した村民たちの姿を追い、日本初の計画避難の実態と村の人々の苦悩、そして私たちの生活への根深い影響を見つめます。
(引用終わり)
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ほんとうに痛恨としかいいようがないです。
ところで、福島弁で、「ていねいに」というのを「までーに」といいます。
祖母がよく口にしていました。
飯舘村は、「までーらいふ」(丁寧な暮らし)をキャッチコピーに、
村全体で、自然を愛し、自然と共存するくらしをめざしてきたそうです。
また、浪江町は、DASH村があったところだそうですね。
そういうところをたぶん半世紀以上に渡って使えない土地にしたのが、
原発の失策、失態。
これは失態です。
事故とかいうのも、おこがましい。
たとえあの備えでも、冷却不全がわかってすぐに海水注入をしていれば、3機とも、爆発しないですんだんです。
海水を入れれば廃炉にせざるを得ない。
それを嫌って注水がなされなかった。
真水の到着を待ったそうな。(でも、陸路も海路も、はこびようがなかったのに。)
ゆえに爆発。
頭がおかしいとしか言いようがない。
爆発した炉をどう使うつもりだったのでしょう。
冷やさなければ壊れる。
壊れれば廃炉。
そんな簡単なことすら、理解できなかったのか?
そんなわけはない。
やはり、認識が初期において甘すぎたのです。
コメント
福島第1原発事故の影響で、全域が「計画的避難区域」に指定された福島県飯舘村の青年らが、村の環境回復と十分な補償を国や東電に求める住民団体を発足させる。26日午後6時半、村内で「愛する飯舘村を還せ!!村民決起集会」を開く。
村には約6200人の住民がいたが、自主避難が相次ぎ、現在は約5000人に。さらに計画的避難区域の指定を受け、今後約1カ月をめどに全村避難をしなければならない。家や仕事を失うことへの怒りや今後の生活への不安が村民に広がっている。
「負げねど飯舘」を合言葉に発足する団体の中心メンバーは、ラーメン店を経営する大井利裕さん(37)ら村の青年たち。大井さんが「住民が声を上げないと、小さな村は国の言いなりになる」と仲間を通じて呼び掛けると、すぐに約30人が集まった。
避難先が分散した後も村民のつながりを維持していくことや土壌の汚染除去を国や東電に求めていくことが活動の柱になる。インターネットを通じ、村の窮状も発信していくという。
大井さんは「ふるさとを奪われ、家族も仲間もバラバラにされてたまっか。住民の力を結集してうねりを作り、村を取り戻す」と力を込めた
mainichi.jp/select/wadai/news/20110425k0000m040125000c.html
(やむをえざる理由でhttpと://をつけてください。この設定、ほんとやめてほしい)
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がんばってほしいです。
本来なら東電の金で、表土の除去をさせるべき。
原状復帰を求めていい。
何億円、何百億円かかろうと、東電はすべきでしょう