旦那に「コレ面白いよ」といわれてからまあ1年は放置した本。
http://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0448-b/index.html
玉村豊男さん。
長野でワイナリーを始めた画家・エッセイストだそうで。。。ワイナリーなんか始めるんだから、もともと大金持ちだろうなと思ってプロフィールを見ると。。
昭和20年東京生まれ(都市民だ。終戦の年と言うことは、住まいは超山の手で、焼けなかったところだな)
東大仏文卒(インテリだ。あの時代仏文をやるというのは、それだけで一定の方向性があるぞ。でも画家の経歴じゃないなあ)
パリ大学に留学(優秀だ。やっぱり学者の経歴だよ、こ
こまでは)
以後、旅、料理、ライフスタイルのエッセイ&画家として生活(おいおい。。。就職もしないのか。相当な金持ちだな、もとの出自が)
誰かに仕える仕事をせず、ふたつの自由業(文筆・画家)で食べてきた筆者が、長年の軽井沢別荘定住暮らしから、ワイナリーと菜園をつくって、ビジネスを始めた。と。。。
ある意味、都市民、しかもインテリがはじめたスローライフです。
どこまでも、里山を見る目も、他者、都会人の目です。
だからこそ、都市民をひきつける「場」つくりがうまいのでしょう。
ワイナリーは、メディアでの露出も多いそうで、大変にはやって居るんだそうです。
http://www.villadest.com/infomation/index.html
採算の目論見無しで始めた、などなどとあるわりに、やはりしっかりとビジネスモデル造りをして、きちんと商売として成り立たせる。。。
人生、悟りすませたわけでもない、普通の知的な凡人が、自然とかかわりながらも俗人として生きる姿、です。
-----------------------
いくつか目を引く話がありました。
①中山間部の農家の農地は、あっちこっちに細切れにある。
いまの目で見れば非効率の典型だが、じつは、各地ごとに大きく気象条件等がことなるため、あちこちにあることが、リスクヘッジになっているのだ、という話。
まとまった農地を持てば、ある農家は生き残り、有る農家は滅びるから、それを避けるためだ、ということなんですが、そういうとき、「お互いにたすけあって」などというシステムは、農村にはない、というのが前提のことなわけですよね。
②地元の農家の人は、新米を食べたことがない。
古い備蓄分から「先入れ先出し」をするので。。。。
これも、不作の年に備える生活の知恵ですね。
「農業をやっていれば新米がおいしくたべれて」と言う話は、まあ生産性があがった今の時代の、それも平地農業でこそ言える話ということ。。
③長野県民は、農家なら自家消費用のピーマンが食べられるが、農家でないと、地元産のピーマンなど、食べられない。農協がうけつけないから。
かわりにブランドの「高知ピーマン」をかわされている。
リスクヘッジを考えると、地域で単一産品をつくり、それをブランド化する農協(政府の)戦略は、非常にあやういものをかかえている。
また、地産地消にももとる。。
農業をビジネス化して、あるいは集約、大規模化するといういまの方向性は、こういう中山間部の農業を、非効率として切り捨てる方向にうごくんだそう。
だけれど、中山間部では、多品種少量生産、あっちこっちに植えておく方式の方が、生活の理に適うのだ、ということなんだそうで。。。
④企業はその中に拡大を本質として含むかのようだ。
だが、里山で生きると言うときには、山と人の領分を、ある程度わきまえておかないといけない。
拡大すれば、山の恩恵はなくなる。
「拡大」でなく、「持続」を目標にするというのは、実は難しい。
拡大は、人を高揚させるが、持続は、ある種の覚悟、諦観、そういったものを求めてくる。
ヨーロッパのなだらかな平原の姿は、森を徹底的に破壊し尽くした後の姿。
ヨーロッパ人は彼らのしたことの結果に愕然としたがゆえに、環境保護では先進的になれた。
日本(や米)はまだまだ、拡大をこそ善としている。
-----------------------
ここから純然たる感想というかぼやき。。
似たようなスタイルで暮らす方がいます。
画家で、箱根の姥子の斜面を買って、園地を作りながら、喫茶店をそこでいとなむ。。。アトリエもそこにある。
玉村さんよりずっと小粒ですがコンセプトは似てる。
都会人で、山に土地を見つけ、そこを生活の拠点とし、客を迎える、という。。。
彼も玉村さん同様、サラリーマン階級とは別の世界の人だけれど。
できれば、そういう人生を送りたいなと思いながら、先立つものもなく、だらだらとすごす自分などを振り返ってしまったり、。。
http://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0448-b/index.html
玉村豊男さん。
長野でワイナリーを始めた画家・エッセイストだそうで。。。ワイナリーなんか始めるんだから、もともと大金持ちだろうなと思ってプロフィールを見ると。。
昭和20年東京生まれ(都市民だ。終戦の年と言うことは、住まいは超山の手で、焼けなかったところだな)
東大仏文卒(インテリだ。あの時代仏文をやるというのは、それだけで一定の方向性があるぞ。でも画家の経歴じゃないなあ)
パリ大学に留学(優秀だ。やっぱり学者の経歴だよ、こ
こまでは)
以後、旅、料理、ライフスタイルのエッセイ&画家として生活(おいおい。。。就職もしないのか。相当な金持ちだな、もとの出自が)
誰かに仕える仕事をせず、ふたつの自由業(文筆・画家)で食べてきた筆者が、長年の軽井沢別荘定住暮らしから、ワイナリーと菜園をつくって、ビジネスを始めた。と。。。
ある意味、都市民、しかもインテリがはじめたスローライフです。
どこまでも、里山を見る目も、他者、都会人の目です。
だからこそ、都市民をひきつける「場」つくりがうまいのでしょう。
ワイナリーは、メディアでの露出も多いそうで、大変にはやって居るんだそうです。
http://www.villadest.com/infomation/index.html
採算の目論見無しで始めた、などなどとあるわりに、やはりしっかりとビジネスモデル造りをして、きちんと商売として成り立たせる。。。
人生、悟りすませたわけでもない、普通の知的な凡人が、自然とかかわりながらも俗人として生きる姿、です。
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いくつか目を引く話がありました。
①中山間部の農家の農地は、あっちこっちに細切れにある。
いまの目で見れば非効率の典型だが、じつは、各地ごとに大きく気象条件等がことなるため、あちこちにあることが、リスクヘッジになっているのだ、という話。
まとまった農地を持てば、ある農家は生き残り、有る農家は滅びるから、それを避けるためだ、ということなんですが、そういうとき、「お互いにたすけあって」などというシステムは、農村にはない、というのが前提のことなわけですよね。
②地元の農家の人は、新米を食べたことがない。
古い備蓄分から「先入れ先出し」をするので。。。。
これも、不作の年に備える生活の知恵ですね。
「農業をやっていれば新米がおいしくたべれて」と言う話は、まあ生産性があがった今の時代の、それも平地農業でこそ言える話ということ。。
③長野県民は、農家なら自家消費用のピーマンが食べられるが、農家でないと、地元産のピーマンなど、食べられない。農協がうけつけないから。
かわりにブランドの「高知ピーマン」をかわされている。
リスクヘッジを考えると、地域で単一産品をつくり、それをブランド化する農協(政府の)戦略は、非常にあやういものをかかえている。
また、地産地消にももとる。。
農業をビジネス化して、あるいは集約、大規模化するといういまの方向性は、こういう中山間部の農業を、非効率として切り捨てる方向にうごくんだそう。
だけれど、中山間部では、多品種少量生産、あっちこっちに植えておく方式の方が、生活の理に適うのだ、ということなんだそうで。。。
④企業はその中に拡大を本質として含むかのようだ。
だが、里山で生きると言うときには、山と人の領分を、ある程度わきまえておかないといけない。
拡大すれば、山の恩恵はなくなる。
「拡大」でなく、「持続」を目標にするというのは、実は難しい。
拡大は、人を高揚させるが、持続は、ある種の覚悟、諦観、そういったものを求めてくる。
ヨーロッパのなだらかな平原の姿は、森を徹底的に破壊し尽くした後の姿。
ヨーロッパ人は彼らのしたことの結果に愕然としたがゆえに、環境保護では先進的になれた。
日本(や米)はまだまだ、拡大をこそ善としている。
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ここから純然たる感想というかぼやき。。
似たようなスタイルで暮らす方がいます。
画家で、箱根の姥子の斜面を買って、園地を作りながら、喫茶店をそこでいとなむ。。。アトリエもそこにある。
玉村さんよりずっと小粒ですがコンセプトは似てる。
都会人で、山に土地を見つけ、そこを生活の拠点とし、客を迎える、という。。。
彼も玉村さん同様、サラリーマン階級とは別の世界の人だけれど。
できれば、そういう人生を送りたいなと思いながら、先立つものもなく、だらだらとすごす自分などを振り返ってしまったり、。。
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