お盆

2007年8月15日
今年のお盆は帰らず。

ミクシにはこんな風に書きました。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−
昨日は福島に無事着いたよ、との母の電話がありました。

今年は行きたいけど、やめときます。

去年のお盆は、蚊取り線香焚けない、雨戸閉められない(私が呼吸が苦しくなる)で家中虫だらけと化して、弟(長男)のお嫁さんがひどくご機嫌を害した、と聞いたので。。。。

嫁に出たムスメがもどってきてわがままいってはまずかろうと。

親戚に成長を見せるべき子供もいないので、まあ気楽なモノです。
というか、やっぱり寂しいな〜!
子供いないって。

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さっそく弟から「嫁さんそんなに怒ってなかったよ」
とのコメント。

彼は脳天気なので、奥さんの機嫌を測る能力は、たぶん
私に劣ります。
やめといて正解。

お盆にはご先祖の魂が戻ってきます。
と教えられ。

わたしも40なるころからかな。
ご先祖様のまなざしを感じるようになったのは。
まあ、実際にご先祖様が見てくれてるのか、私の思いこみなのかは、検証不能なわけで。
思いこみ大いに結構。それがやはりどこかで、真実に合致してる気になってるのも、ましてや結構。

ご先祖、といったとき、あたまにうかぶのは、ひいじいさんの伝の助じっち。

この人のことは、母と祖母からさんざんに聞かされていたので、とてもリアルなんですね。
大工で、田舎のちいさな家は、伝の助が自分で造ったそうな。
本家の大きな家の方は、もうあたらしく建て変わっているので、母曰く
「伝の助がくるなら、こっちでしょう」

いわば彼女の郷愁をすりこまれただけかもしれないけど。

でも、誰かが愛して気遣ってくれる、という強固な信念は、それがだれであれ、その人を強くする。
とくに、現実に誰かに愛された記憶のないACは。

キリスト者が、神やイエスに自分が愛されると感じることが、信仰の源泉であるように、これもまた、信仰と言えば言えるのかも。

というわけで、私は神は信じないが、遠く故郷をはなれた地から、ご先祖様へありがとうの気持ちを、送らせていただきました。

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