学校に久しぶりに行って来ました。復学のご相談に。

大好きなながぬー先生にばったり会ったりして、いろいろな感慨が。
それはおくとして。。。

今年から科目が増えるらしく、しらバスを見ていたら、「K原ゆーしん」という、見覚えのある文字が。

環境法を教える新参の先生みたいです。

珍しい名なので夫に確かめてもらったら(私は移動中でPC使えず)、たしかに大学生時代の、1年先輩でした。

しかも。

私は教養学部(ジュニア)の時代、ある暴れん坊チームに入ってまして、彼はその暴れん坊チームの、一年先輩です。(私は法学部ではないので)

その暴れん坊チームから推されて学生自治会の執行部をやってたんですが、彼もまた、執行部の仲間であり、先輩でした。
私が自治会の書記長(教養学部学生自治会初の女性書記長、とかいわれてくすぐったい半分なんだかな〜でしたが)をやったときも、彼はいてくれた気が。

わ〜わ〜わ〜、とおめき声をあげたくなっちゃいました。

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で。

私は、04年に学校に入って以来、けっこう卑屈になっていたというか、忸怩たる物がありすぎて、けっこう鬱屈していたと思います。

くら〜い顔の、いやなヤツだったでしょうね。

だって、むかし先輩だったり友人知人だったり、政敵(!)だったりした人が、ぞくぞく百選の名前にでてくるわ、雑誌の論文記事に名前が出てくるわ。

振り返って私ってなによ、なんにもしてこなかったわけじゃない。
この年で学生よ。
対等に論敵と思ってたあの人が、今や教授よ。

と言う風に。

それはそれでみつめなければならない現実だったのですが、どうしても卑屈になっちゃってたんです。
小さい私でした。

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この病気をして、公害訴訟、環境法などは、自分が今後生き続けられて、今までの経験をふまえて、その延長上でなにがしか人様の役に立てるようになるとしたら、ぜひとも履修しておきたい科目になりました。
(今までは興味なかった)

で、K原せんせいに、どんな顔で会おうかな、と、とまどったんですが。。。

簡単ですね。

「こんにちはー。20年ぶりですねー。
びっくりなさったでしょー。
私はいろいろ病気をして(癌やってるからね)、残りの人生、できることをしたいと思って勉強しています。
できが悪い生徒で申し訳ありませんが、よろしくおねがいします。」

って言って、にっこり笑えばいいんだわ。

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というわけで。

この病気をして、しっかり挫折をしたおかげで、いろんなことが、脱ぎ捨てられたような気がします。

そして、隠したり、てらったりせずに、自分を出していきたいなあと。

裸にならないと、人生が先に進まない。
やっと、そんな気がしてます。

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まあ、来る先生が、「味方」の先生だから、素直になれるけどね。

20年前の、ちいさなコップの中の嵐のような、でも「政敵」側の先生だったら。。。。

う〜ん。

やっぱり、にっこり笑って同じように答えたでしょうね♪

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